税理士っぽくない税理士
お金は怖い。と思った過去
私の祖父は、第二次世界大戦から戻り
名古屋駅から徒歩圏内の場所に土地を買いました。
買った土地に自宅を建て、事務所をつくり事業をはじめました。
祖父母は懸命に働きました。
そして、昭和から平成にかわる頃、祖父は亡くなりました。
祖父が亡くなった時期
昭和から平成になった頃は、ちょうど日本経済のバブルが終わりかけの時期で
戦後に安く買った土地が、目がトビデルほど、価値が上がっていたのでした。
そして相続問題が起こりました。
お金の問題って
お金の問題は、表面化した時には
手が付けられず手遅れ、になることもあります。
まさに、わが家の相続は悲惨でした。
わが家の相続は、実入りがあったわけでもなく
臨時の収入があったわけでもありませんでした。
それでも、「税金」だから「お金」で払わなくてはならず
当然、期限もありました。
1年間もの間、泣くことができなかった父
私の両親は、祖父が亡くなって悲しいのに
祖父が亡くなってから1年もの間
相続のことが心配で泣く余裕すらありませんでした。
家族で食事をしていても
楽しい会話もなければ、笑顔もなく
家の中は、常に重くるしい雰囲気に包まれていました。
子どもに「お金」の話をしない両親
私の親は、私に
・今、どんなトラブルに直面しているのか
・これから、どうするのか
語ることはありませんでした。
何も語らなかったのは、
当時は子どもだった私に、心配をかけたくなかったのでしょう。
それでも、
寝不足でやつれはて背中が小さくなっていく母と
いつも眉間に皺を寄せて怒ったような顔をしている父を
見ていて、子どもながらに何もできない自分が
私は情けなかったのでした。
何もできない自分が
ただ、ただ、情けなかった。
そんな経験から、私は
お金は「人生を狂わせる」
お金は「恐ろしい」と
思うようになりました。
一度ついたトラウマを消すのは簡単ではない
お金は「恐ろしい」と思うようになった私は
「お金の問題」から逃げるようになりました。
でも、お金の問題から逃げることで
その後は、お金のストレスを抱えるようになりました。
お金のことを考えると、
ストレスを感じるようになり
お金が原因で喧嘩が絶えず、離婚も経験しました。
お金の話をオープンにしたい
今の私には
お金について語り合うことができる
旦那さんがいてくれて、子どもも、います。
そして、私自身の経験から、
お金のことを話し、教育していくことの
大切さを考えています。
また、私の子どもの頃は
「お金」ついて話をすることは
ポジティブな雰囲気ではありませんでした。
子どもは、お金について考えなくていい。
お金、お金。というのは卑しい。
頑張って働けば、お金で困ることはない。
そんな風潮がありました。
でも、、、少なくても今は、そんな時代ではありません。
お金の知識(投資だけではない)は
生きていくための必須アイテムだと、私は考えています。
お金を稼ぐにも
お金を使うにも
お金を貯めるにも
お金の知識は必要だし、
オープンにお金の話をできる環境を作っていきたいと思っています。
税理士に絶望した過去
私は大学を卒業後に税理士資格をとり、
会計事務所や大手通信会社に勤務しました。
決算の時期になると、決算書をつくるために
残業も多くしました。
決算書をつくり終えると
社長に決算書の説明をするのですが
専門用語だらけの説明を社長にしても
評価されないどころか
非生産的な仕事をする人間だと言われる
仕事のあり方に疑問を持つようになりました。
当時は、海外の方とも仕事をするこもありましたが
言語が違う人と話すよりも
同じ日本語を使っているはずなのに
説明が伝わらないことに
とても悩みました。
当時の上司に、相談もしましたが
税理士の範疇ではないと
逆に2時間以上もの間、説教をされ
税理士の仕事に絶望し、独立をしました。
今では、血の通ったアドバイスをして
経営者さんに寄り添ったお話ができるよう
心掛けています。